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大阪地方裁判所 昭和60年(ワ)2209号 判決 1987年1月27日

原告 大阪信用金庫

右代表者代表理事 鳥井淳一

右訴訟代理人弁護士 米田宏巳

同 浅野省三

同 西信子

右訴訟復代理人弁護士 北薗大

被告 矢野昭

右訴訟代理人弁護士 正木孝明

右訴訟復代理人弁護士 桜井健雄

被告 和田松子

右訴訟代理人弁護士 井上英昭

主文

一、被告矢野昭は、原告に対し、金二七五万四〇〇〇円及びこれに対する昭和五九年一二月五日から完済に至るまで年一八・二五パーセントの割合による金員を支払え。

二、被告和田松子が、昭和五九年一一月二日被告矢野昭との間に締結した別紙物件目録記載の土地、建物についての売買契約を取消す。

三、被告和田松子は、右土地、建物について、大阪法務局東大阪支局昭和五九年一一月二日受付第二〇五六八号をもってなされた所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

四、訴訟費用は被告らの負担とする。

五、この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

主文同旨の判決並びに仮執行の宣言

二、被告ら

1. 被告矢野昭(以下、被告矢野という。)

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決。

2. 被告和田松子(以下、被告和田という。)

(一)  原告の請求をいずれも棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

1. 原告は、昭和五八年七月一九日訴外吉本正(以下、訴外吉本という。)との間に、左記のような内容の信用金庫取引契約を締結し、右契約に基づき、訴外吉本の求めに応じて別紙手形目録記載の約束手形五通の手形割引を行なった。

(一)  適用範囲 手形貸付、手形割引、証書貸付等

(二)  遅延損害金 年一八・二五パーセント

(三)  割引手形の買戻 手形の割引を受けた場合、訴外吉本において、手形交換所の取引停止処分を受けたときは、全部の手形について、原告から通知、催告等がなくても当然手形面記載の金額の買戻債務を負い、直ちに弁済する。

2. 被告矢野は、右同日原告に対し、訴外吉本が右信用金庫取引契約に基づき、現在及び将来負担する一切の債務を連帯保証する旨約した。

3. 訴外吉本は、昭和五九年一二月四日手形交換所の取引停止処分を受け、原告から割引を受けた前記約束手形五通について、合計金二七五万四、〇〇〇円の買戻債務を負担するに至ったので、原告は、被告矢野に対し、右同額の連帯保証債務履行請求債権(以下、本件保証債権という。)を取得した。

4. 被告矢野は、同年一一月二日被告和田との間で、被告矢野所有の別紙物件目録記載の土地、建物(以下、本件土地、建物という。)を被告和田に売渡す旨の売買契約(以下、本件売買という。)を締結し、右同日、本件土地、建物について、本件売買を原因とする主文第三項記載の所有権移転登記(以下、本件登記という。)を経由した。

5. 被告矢野は、本件売買当時、訴外吉本のために、原告のみならず訴外大阪相互銀行、同福徳相互銀行、同八光信用金庫、同褒徳信用組合等に対しても相当多額の連帯保証債務を負担していたところ、本件土地、建物を除いては他に見るべき財産がなかったにも拘らず、原告ら他の債権者を害することを知りながら、あえて本件土地、建物を被告和田に売却処分したものであって、本件売買は、詐害行為に該るというべきである。

6. よって、原告は、被告矢野に対し、右1ないし3の事実に基づき、本件保証債権金二七五万四、〇〇〇円及びこれに対する弁済期の翌日である昭和五九年一二月五日から完済に至るまで約定の年一八・二五パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求め、被告和田に対し、右1ないし5の事実に基づき、詐害行為取消権の行使として本件売買の取消及び右取消を原因として本件土地、建物についてなされた本件登記の抹消登記手続を求める。

二、請求原因に対する被告らの答弁

1. 被告矢野

請求原因1の事実は不知、同2の事実は否認する。

2. 被告和田

請求原因1ないし3の事実はいずれも不知、同4の事実は認める、同5の事実は否認する。

なお、被告矢野は、後記抗弁記載のとおり、実姉の被告和田が本件建物に居住して実母の世話をみることになったため、金二、〇〇〇万円で本件土地、建物を被告和田に売却したものであって、本件売買が訴外吉本の倒産とは全く無関係であることは明らかであり(事実、訴外吉本が手形交換所の取引停止処分を受けて倒産したのは、本件売買が締結されてから約一か月後のことである。)、しかも、被告矢野が訴外吉本のために連帯保証人にされていることを知ったのは、訴外吉本が倒産し、原告ら債権者の催告を受けてから後のことであって、一知人にしかすぎなかった訴外吉本の営業状態まで知る立場にもなかったところから、本件売買当時原告ら債権者を害する意思は全くなかった。

三、被告和田の抗弁

被告和田は、本件売買当時、次のような事情から本件売買が被告矢野の債権者を害することになることを知らなかった。

即ち、被告和田は、夫が死亡し一人身になったので、昭和五四年一一月ころ出身地の東大阪市に戻り、昭和五五年二月ころから実弟の被告矢野と実母が居住する本件建物に移り住み、被告矢野夫婦、実母らと同居するようになったが、右同居後、実母が被告矢野夫婦よりも被告和田に生活の世話を求めるようになり、昭和五九年ころには、実母の実際の世話は、主として被告和田が被告矢野夫婦に代わって行っていた。そこで、被告矢野と被告和田は、他の兄弟達とも相談のうえ被告和田が実母の世話を担当するが、実母が本件建物から他所に転居することは全く考えられなかったため(実母の意思を尊重)、被告和田が本件土地、建物を金二、〇〇〇万円で買受けることに合意した。その後、同年六月一八日、被告和田がかねてから売りに出していた亡夫の遺産である横浜市内の土地が金三、九五〇万円で売却できたので、被告和田は、同年一一月二日被告矢野との間に、本件売買を締結のうえ、その売買代金として金一、〇〇〇万円を被告矢野に支払い、本件土地、建物について本件登記を経由し、さらに同月五日、右売買代金の残金として金一、〇〇〇万円を被告矢野に支払ったのである。

右のように、本件売買は、訴外吉本の倒産とは全く無関係になされたことが明らかであり、しかも、被告和田は、訴外吉本と全く面識がなかったばかりか、被告矢野が訴外吉本のために連帯保証人になっていることも知らなかったのであるから、本件売買当時、被告矢野の債権者を害すべき事実を全く知らなかったというべきである。

四、抗弁に対する原告の答弁

抗弁事実中、被告矢野が被告和田の実弟であること、右被告両名が本件建物で同居していることは認めるが、その余は否認する。

即ち、被告矢野と被告和田の両名は、実の姉、弟の関係にあること、しかも、右被告両名は、既に長い間、本件建物で同居しており、訴外吉本が倒産する直前になってからわざわざ本件土地、建物を被告矢野から被告和田に売却処分する必要性は全くなく、また、被告和田において、本件土地、建物を買受ける資力もないと考えられるところから、本件売買は、債権者を害する意図のもとに行なわれたものであって、被告和田は、悪意の受益者というべきである。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、原告の被告矢野に対する請求について

1. 原告の請求原因1の事実は、<証拠>を総合すればこれを認めることができる。

2. 同2の事実は、<証拠>を総合すればこれを認めることができ、右認定に反する被告矢野、同和田の各本人尋問の結果は、右の各証拠と対比してにわかに措信できず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

3. 同3の事実のうち、訴外吉本が昭和五九年一二月四日手形交換所の取引停止処分を受けたことは、被告矢野において明らかに争わず、右事実を自白したものとみなされるから、訴外吉本は、右同日、原告に対し、原告が割引いた原告主張の約束手形五通について、合計金二七五万四、〇〇〇円の買戻債務を負担するに至り、従って、原告は、被告矢野に対し、右同額の本件保証債権を取得したものと判断される。

二、原告の被告和田に対する請求について

1. 原告の請求原因1の事実は、<証拠>を総合すればこれを認めることができる。

2. 同2の事実は、前記一、2で認定説示したとおりこれを認めることができる。

3. 同3の事実のうち、訴外吉本が昭和五九年一二月四日手形交換所の取引停止処分を受けたことは、<証拠>によりこれを認めることができるから、原告は、前記一、3で認定、説示したとおり、右同日、被告矢野に対し、本件保証債権を取得したものと判断される。

4. 同4の事実は、当事者間に争いがない。

5. そこで、同5の事実(詐害行為の成否)について判断する。

(一)  <証拠>を総合すれば、被告和田と被告矢野は、実の姉、弟の関係にあること(このことは、当事者間に争いがない。)、被告和田は、結婚により生家である本件建物を出たが、夫が死亡して一人身になったところから、昭和五五年二月ころから実母、被告矢野が住む本件建物に再び住むようになり、実母、被告矢野夫婦らと同居するようになったこと、右同居前、実母は、被告矢野夫婦がその生活の世話をしていたが、右同居後、被告和田と被告矢野の妻との間に軋轢が生じ、そのため漸次被告和田がその世話をするようになったこと、そこで、被告矢野と被告和田は、昭和五八年末ころ相談のうえ、実母の世話は被告和田が責任を持って担当することにし、被告矢野夫婦と被告和田、実母との世帯を事実上分離し、被告矢野夫婦は本件建物の二階に、被告和田と実母は本件建物の一階に居住することにしたこと、被告和田は、昭和五九年六月一八日、かねて売りに出していた亡夫の遺産である横浜市内の土地が売却でき、同年七月一七日ころ右売買代金から少なくとも金二、一〇〇万円以上の現金収入があったこと、被告矢野と被告和田は、同年七月ころから、本件建物の二階でも独立した世帯が営めるように、本件建物の改築工事に着工し、右工事は同年一〇月ころ完成したが、従前どおり、被告矢野夫婦が本件建物の二階に、被告和田と実母が本件建物の一階に居住し、右居住関係は現在でも変わっていないこと(被告矢野と被告和田が本件建物で同居していることは当事者間に争いがない。)、同年一〇月二七日、原告の訴外吉本に対する貸付関係の担当職員竹田俊行は、担当者の交代の挨拶を兼ねて、保証意思の再確認のため本件建物に被告矢野を訪ね、被告矢野に対し、保証の趣旨、内容、限度額(金一、〇〇〇万円)等を詳しく説明したこと、その後、同年一一月二日被告矢野は、本件土地、建物について、本件売買を原因として、被告和田に対し、所有権を移転する旨の本件登記を経由しているが(このことは、当事者間に争いがない。)、当時被告矢野には本件土地、建物以外には他に見るべき財産がなかったこと、被告矢野と被告和田は、本件売買締結にあたり、特に契約書、領収書等の文書を作成していないこと、訴外吉本は、同年同月二九日、第一回目の手形不渡りを出し、同年一二月四日、第二回目の手形不渡りを出して手形交換所における取引停止の処分を受けているが、訴外吉本の債務について、被告矢野に対し、連帯保証債務の履行を求め、提訴している金融機関は、原告以外にも訴外八光信用金庫、同福徳相互銀行、同信用組合大阪弘容、同大阪相互銀行、同大阪府信用保証協会、同大阪市信用保証協会、同国民金融公庫等があり、その請求総額は、金一億円を超えていること、以上の事実が認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  一般に、詐害行為取消権の被保全債権は、詐害行為前に発生したものであることが必要であるけれども、詐害行為当時未だ債権が発生していなくても、既にその発生の基礎となる法律関係が存する場合、債権者は、その法律関係に入った当時の債務者の資力を信用の基礎としているものであるから、債務者がその法律関係に基づいて将来債権が発生することを予見し、詐害行為を行なったときには詐害行為取消権を行使しうるものと解すべきである。

(三)  これを本件についてみると、本件保証債権は、前記二、3で認定したとおり、昭和五九年一二月四日に発生したものであり、原告が詐害行為であると主張する本件売買が締結された同年一一月二日より後に発生したものであるけれども、他方、前記二、1、2で認定したとおり、本件保証債権は、訴外吉本が、昭和五八年七月一九日原告との間に締結した信用金庫取引契約に基づき、現在及び将来負担する一切の債務を、右同日被告矢野において連帯保証することを約したことによるものであって、その発生の基礎となる法律関係が本件売買より前にあることが明らかである。そして、右(一)で認定した事実関係からすれば、本件売買は、実の姉、弟の関係にある被告和田と被告矢野との間で締結されていること、本件売買の前後を通じて、被告矢野と被告和田の本件建物での居住関係は何ら変化しておらず、本件売買に合理的必要性が認められないこと(被告和田は、本件建物で被告矢野に代わって実母の世話をすることになったため、本件土地、建物を買受けることになった旨主張、供述しているけれども、同被告は、本件売買の前後を通じて、現実に実母の世話をみながら、被告矢野と本件建物で一階と二階に事実上世帯を分離して同居してきているのであるから、特に実母の世話をみること自体は本件売買の合理的な理由にはならない。)、本件売買には、通常作成される筈の契約書、領収書等が作成されていないこと、本件土地、建物について本件登記が経由されたのは、昭和五九年一〇月二七日原告の担当職員が被告矢野に対して保証意思の再確認をしてからわずか数日経過後の同年一一月二日であること、その当時、被告矢野は、訴外吉本のために、原告以外にも多数の金融機関に対して連帯保証を約していたこと、被告矢野には本件土地、建物以外には他に見るべき財産がなかったことが明らかであり、これらの事実に、被告和田が、本件売買の代金として被告矢野に支払ったと主張している金二、〇〇〇万円の使途が明らかでないことも考慮すると(なお、被告矢野は、本件建物の改築工事の代金として、右売買代金として受領した金二、〇〇〇万円から金六五〇万円を支払った旨供述しているけれども、売買により所有権を失った本件建物の改築工事の代金を被告矢野が右のように負担、支払うというのはいかにも不合理であるし、さらに被告和田は、右改築工事完了後は被告矢野に本件建物から退去してもらう予定であったというのであるから、その不合理性は一層明白である。)、被告矢野は、本件売買当時、将来原告から、訴外吉本の連帯保証人として、その保証債務の履行を求められることを予見して、右履行を求められたときにはその債権を満足させるべき財産がなくなることを知りながら、あえて本件売買により、本件土地、建物を被告和田に売渡したものと認めるのが相当であり、右予見どおり本件保証債権が発生した以上、本件売買は、原告主張のとおり詐害行為に該るものといわなければならない。

(四)  次に、被告和田の抗弁について判断するに、本件売買当時、同被告が、本件売買が被告矢野の債権者を害する事実を知らなかった旨の主張に沿う被告和田の供述部分は、右(一)で認定した事実関係、殊に、被告和田が被告矢野と実の姉、弟の関係にあり、しかも、本件建物で同居していた間柄であること、右(三)で説示したとおり、本件売買に合理的必要性が認められないこと等に照らすと、にわかに措信できず、他に右主張事実を認めるに証拠はないから、右抗弁は理由がない。

三、以上説示した次第であってみれば、原告の、被告矢野に対し、本件保証債権金二七五万四、〇〇〇円及びこれに対する昭和五九年一二月五日から完済に至るまで年一八・二五パーセントの割合による遅延損害金の支払いを求める請求及び本件売買が詐害行為に該るとして、被告和田に対し、その取消しと本件土地、建物について経由された本件登記の抹消登記手続を求める請求は、いずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 木村修治)

<以下省略>

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